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民がシナイの荒れ野に到着し、山に向かって宿営しました。この山こそ、主がモーセに顕れたシナイ山です。この山は共同訳聖書の付録の地図ではシナイ半島の先端に位置していますが、他の地図ではその山に?がついているものもあります。それは中世初頭の紀元5世紀頃に、この山を現在の地図上のシナイ山と特定されたからだと言われています。 現在、修道院がおかれているこの山に関心があるのはキリスト教だけで、父祖の地にこだわって銃火も厭わない、出エジプトの民の後裔はまったく無関心で、その施設や記念碑は一つもないそうです。 なぜ民がモーセへの神顕現や律法授与の場所を伝えなかったのか、それは民が場所よりも、神顕現の出来事、律法授与の出来事を大切にしていたからです。聖書の舞台の地を聖地と呼び、その地を訪れて、信仰を深めることも結構ですが、同時に、民にとってはモーセに主が顕れたこと、彼を通して律法が与えられたことを信仰の基にしていることに心を傾けてください。
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●祈り