日毎の糧

 一説によると、「日毎の糧は」は古代エジプト軍の兵士に日々与えられた、翌日に備えるための支給食料に由来する語だそうです。そのエジプト軍の追撃から救われたことを神に感謝し、希望の地へ歩み始めた民ですが、手持ちの食料が尽きると、エジプトの地では飽きるほど食べていたのに、今は口にするものは何一つないとモーセに不平を述べ立てます。

 本当に民はエジプトで飽食の日々を送っていたのでしょうか。人家畜ともいわれ、消耗品扱いされる奴隷は労働に最低限必要な食料しか与えられなかったと言われています。民の言葉は解放されて貧しく生きるよりは、自由がなくても口に食物が入る方が幸せなんだと、自分たちをエジプトの奴隷の地から解放した神を否定するものです。

 でも神は民の無思慮な言葉に一喜一憂したり、怒ったり、報復したりせず、マナを日毎の糧として与えて約束の地へと導かれました。同じように、神は、欠けの多い私たちを見捨てず、日毎の糧を与えて、約束のみ国へ導き入れてくださいます。


祈り