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今日の日課はガリラヤの湖の岸辺で、最初の4人の弟子を召し出されたイエスが彼らと共に「カファルナウムに着いた」。そして「安息日に会堂に入って教え始められた」と始まっています。 聖書は黙して語りませんが、最初の4人の弟子を召し出されてからこの「カファルナウムに着いた」時、そして「安息日に会堂に入って教え始められた」時までの間に、数日間の時が流れたことはほぼ間違いありません。 その数日間、イエスと一行はカファルナウムの何処で過ごしたのでしょうか。ヨハネ福音書は(1章35以下)、イエスの泊まっていた家を示唆しています。もしその家が豪華な家なら、ガリラヤの漁師出身の素朴な最初の弟子たちは、借りてきた猫のように落ち着かない数日を過ごし、安息日の会堂集会を機会に雲隠れを企てたかもしれません。しかし、イエスの泊まった場所がカファルナウムの極めて普通な庶民の家だったので、最初の弟子たちはイエスと寝食を共にし、何の抵抗も感じないで、その口から出る、彼らに極めて身近に響く言葉に耳を傾け、イエスを主と仰いでついていく決意を新たにしたのです。 そして迎えた最初の安息日、一行はそろって会堂に出席しました。その会堂で主が「教え始められた」のです。するとそれを聞いた「人々はその教えに非常に驚いた」とあります。この人々の中に弟子たちも含まれています。 それは、ローマ10章17以下に「実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです」とあるように、弟子は宣べ伝える務めの前に、先ず聞くために召されているからです。 使徒として宣教に送り出される者は、先ず徹頭徹尾、主に聞く者として召されているのです。
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●祈り