サタンにエサを与えるな

 《悲しみの原因となった人》という言葉が一番はじめにあります。確かに「あの人のおかげで私の心は深く傷ついた」とか「あの人が私の悲しみの原因だ」ということがありますね。

 しかし何とパウロは「その人が悲しみに打ちのめされてしまわないように、ゆるして力づけるべきです」と言い、さらに「ぜひともその人を愛するようにしてください」とすすめるのです。

 私たちが人をゆるし、その人のために祈る理由は、私たち自身が「サタンにつけ込まれないため」だとパウロは言っています。サタンは私たちの「ゆるせない心」をエサにしてどんどん力を増し、逆に私たちが人をゆるす時、力を失い、遠ざかっていきます。

 しかし、私たちは本当に人をゆるすことができるでしょうか。できません。ただ、《キリストに結ばれて》いる時のみ可能です。人をゆるせず、日々サタンを喜ばせているような自分の罪深さをみとめ、ただイエス様の十字架を仰ぐ、それがキリストに結ばれることです。その時私たちの罪はゆるされ、さらに「悲しみの原因」である人のために祈る者となれるのです。


祈り