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マノアの妻は、不妊でありましたが、主の御使いによって、男の子、それも、神へのナジル人を産むことが知らされます。その事を妻から聞いたマノアは、主に願います。その神の御使いを、もう一度私たちに使わしてくださいと。マノアは、是非にも知りたいことがあったのです。それは、神への詮索でも何でもなく、その生まれて来る子を、自分たちがどう育てたらよいのか教えてください、ということでした。 神さまのお働きに、私たちもマノアのように、積極的に関わっていきたいものです。神が事を成してくださるとき、例えば、人が救われる、集会が祝福される、そのようなときに、自分はただ傍観しているのか、あるいは、マノアのように「私にできることは何でしょうか。私も、あなたの大いなる祝福の御業の一端を担わせてください」と神に願うのか。神に自分の役割を教えていただいたとすれば、そこに責任が伴います。マノアも、重責を感じつつ、サムソンを育てていったことでしょう。しかし、神は必ず助けてくださいます。そして祝福してくださいます。 |
●祈り