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「家内安全」「無病息災」「商売繁盛」。昔からよく聞かされた言葉です。 神さまに願いごとをするのもこんなことが多いようです。 童話や昔話の中にも、「3つの願い」というような話がよく出てきます。その主人公たちは、たいてい、欲張りすぎて失敗します。 今朝の日課のソロモン王の願いは、私たちの生き方を考える上で、非常に示唆に富んだ話だと思います。ここを読んだ人は、自分なら何を願うだろうと、ふと考えるのではないでしょうか。 ソロモンは、正しい裁きと、善悪を判断し、聞き分ける心、つまり知恵を求めました。 神さまは、ソロモンが自分の長寿を求めず、富を求めず、敵の命も求めず、知恵を求めたことを喜ばれました。長寿、富、敵の命、それはまさに、「無病息災」等々に類する、人間の願いです。そのことを、神さまはご存じです。だから、自分の利得を望まなかったソロモンを、褒められたと思います。ソロモンは、自分の立場、与えられた使命を、よくわきまえていたから、こういう願いができたのでしょう。 では、私たちは、どういう立場で、どんな使命を与えられているのでしょうか。 私は一家の父親です。母親です。私は商人です。教師です。農夫ですと、色々の立場があり、役割があります。ただ、その前に、私たちは、神さまに愛され、イエス・キリストの十字架の血によって買い取られた者たちです。願う前に、すでに永遠の生命をいただいている者たちです。 私たちは、その約束の栄光に向って、迷わず歩き続けなければなりません。途中には、艱難、苦しみ、迫害、飢え、裸、危険、剣とパウロが言ったようなもの、あるいは、リストラ、人間関係、現代病など、人間を神から引き離そうとする力も働きます。 しかし、《神が味方であるならば、だれが私たちに敵対できますか》。 私たちが、今願うことは、「神の愛から離れることなく、信仰生活をまっとうしたい」ということであり、「その信仰をください」ということだと思います。 |
●祈り