平和の主日


互いに愛し合いなさい

 キリスト教は「愛の宗教」と呼ばれることがあります。ヨハネの手紙第一の4章8節と16節に《神は愛です》と端的に記されています。ヨハネ伝3章16節は、聖書全巻をまとめた名言とも言われますが《神はその独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである》と書かれています。

 救い主イエス様の生涯によって証しされた神さまの愛に打たれ、愛を実践した多くのキリスト者が歴史の中に輩出いたしました。しかし、愛の宗教であるはずのキリスト教の歴史を調べてみると、何と数多くの戦争や殺し合いを繰り返してきたことだろうと、驚かざるをえません。

 新聞、雑誌、テレビなどのマスコミは、毎年7、8月に平和・戦争責任・ヒロシマ・ナガサキなどを特集します。1945年から57年が経ちました。

 本日は「平和の主日」礼拝です。いつ失われるか分からない不安定な一時的な平和ではなく、真実の平和はイエス様の愛によって実現する揺るぎない平和です。

 イエス様は《わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい》と命じておられます(ヨハネ15章12)。ただ「愛し合いなさい」と倫理道徳を説いておられるのではなく、自らが手本を示しておられますので説得力があります。この愛は、十字架の上に自らの命を捨ててくださった自己犠牲の愛であり、敵をも愛する赦しの愛であり、自ら弟子たちの足を洗われた仕える愛です。自分のために他者を利用する利己的なエロースの愛ではなく、自己犠牲をいとわないアガペーの愛です。地中海世界の共通語はギリシア語でした。現今の英語にあたります。新約聖書は、神さまの愛を表わすのに「アガペー」というギリシア語を用いました。

 ギリシア語で「アガペー」と書かれた平和を祈念する像が、東京駅の丸の内側に面した公園の中に立てられています。通常は書かれているはずの解説の言葉は一切ありません。この像は、巣鴨拘置所で処刑された戦犯692人の遺書「世紀の遺書」の利益金で建てられたもので、アガペーという命名をしたのは、ルーテル教会員で元早稲田大学総長の村井資長先生です。


祈り