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今日の日課は盛りだくさんなので、全体を見渡しますと形ではなく中身が大切だと言っているように響きますが、そう単純ではありません。 どれほど中身が素晴らしくても、人は先ずその善し悪しを外見で判断して、それから中身を見るのが普通ですから、外見を整えることも大切なのです。 律法学者たちとファリサイ派の人びとは不幸だと言われているのは、彼らがどれほどこと細かく律法を守っても、それが自分の満足のためや人の賞賛を得るためであれば、律法の目的である神と人を愛し、神と人に仕えるという、律法を守る意義の中身が消え失せ、律法本来の目的を外れた偽善となるからです。 自分のために律法を厳しく守っても、それは律法の目的を完全に外れた独りよがりに過ぎません。神は、人の目に不十分と映っても、神と人を愛し、神と人に仕えるために、すべてのことを行うように望んでいるのです。
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●祈り