信仰の自慢話

 人はとかく信仰の武勇伝を誇りたがるものです。本日の聖書日課に記されている青年も「われこそは神の戒めをかたくなに守る敬虔な信仰者である」ということが誇りでした。しかし、イエス様が聖書の言葉に裏づけられた行いをしなさいと言われた時、そのような行動をとることはできなかったのです。

 私たちも聖書の言葉にかたく立って人生を歩みたいと願いながらも、時として聖書のみ言葉に立つことのできない弱さを持つものです。人生の中で不信仰であったり、失敗をよくするものです。  

 しかし、自分自身に弱さがあること、失敗することを認めることは信仰生活に大きな意味があります。人は失敗するからこそ、弱さがあるからこそ、聖書を読み、キリストの十字架に立ち返るからです。信仰生活で大切なのは私たちがどのような信仰の功績を積んだかではなく、キリストが私たちを活かすために、自らの命を捧げられたという真の愛を知ることです。自分を誇るのではなく、キリストを誇りとする人生は本当に幸いです。


祈り