聖霊降臨後第8主日


正しく、賢い生き方

 私たちがクリスチャンとなり、キリストを信じるに至った背景にはキリストが私たちを愛してくださり、その愛のゆえに私たちを選び、キリストの愛をこの地に伝えるための福音の使者としてくださったという神のすばらしいご計画があります。私たちが神の国の広がりのために福音の使者としてこの地に送り出されたことは大きな祝福です。しかし、本日の聖書日課はクリスチャンがこの地で福音を伝える働きをするときには大きな困難がともなうことを記しています。

 以前、作家遠藤周作の「沈黙」という小説を読んだ時に、さまざまな責め道具でキリシタンたちの信仰を捨てさせる場面を読み、恐ろしくなって読むのを途中でやめたことがあります。今、このような厳しい迫害が起こったら私はクリスチャンとして信仰を持ち続けることができるだろうかと、つねに問うものです。このような迫害が起こったとき、私たちはどのようにすればよいのかを聖書は記しています。16節には《蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい》と記されています。この言葉は闇雲に殉教の道を急いだり、この世の人と摩擦を起こすだけがクリスチャンのとるべき道ではないことを私たちに教えています。

 私たちは迫害のときに、また苦難のときに蛇のような鋭い判断力と鳩のような清らかで素直な心をもつ必要があると聖書は語っています。私たちはクリスチャンであることで表立った攻撃をされることより、もっと小さな人間どうしの摩擦、行き違いで心傷つき、神経をすり減らすことが多くあります。特に、経済の低迷と凶悪犯罪が多発するなか、人間どうしの愛も冷え、互いに身構えて生きている今日この頃です。ちょっとした人間どうしのトラブルが大きな争いに発展することがあります。そのようなときに私たちも《蛇のように賢く、鳩のように素直》なクリスチャンの生き方をしたいと願わされます。つねに冷静さを失わず、どのような困難な状況にあっても、できる限りの良い方法と手段を見つけ、それと同時につねにクリスチャンとして正しく振舞う思慮に富んだ歩みをしたいと願うものです。聖書はつねに私たちがいかに歩むべきかの道を教えています。どうか困難なときにこそ、まずキリストに祈り、冷静に物事に対処する信仰生活を送ってまいりましょう。


祈り