幻想を抱く信仰

 あるセミナーで、講師の先生が牧師はヴィジョンを持つことが大切であるといわれました。このヴィジョンという言葉を英語の聖書を参考に調べていくと神から与えられた幻であることがわかります。

 ところが神からではなく人間の願望や思い込みから出た計画を人は神からのヴィジョンであると思い違いすることがあります。

 ユダヤの民も来るべきキリストは軍事的、政治的な革命者であり、その力を持ってローマ帝国を打ち破るこの世的な王であるというヴィジョンを持っていました。ところが実際に来たキリストは人々の罪をすべて背負う苦難のキリストでした。このキリストが自分たちのヴィジョンとは違うことでユダヤの民はキリストを拒み、十字架につけたのです。

 私たちも時として私たちの願望だけを神に祈り、その願いが実現することこそヴィジョンであると思い違いをすることがあります。そして、自分の願いや望みの実現を考えるうちに神を見失うのが人間です。私たちは神に都合の良い願望を祈り求める前に、聖書を通して神の言葉に従う信仰でありたいものです。


祈り