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食事の前に手を洗うことがきっかけとなったお話です。ご飯の前にちゃんと手を洗うことは、もちろん大切な習慣です。ただ、こういった行為で神さまに認めていただけるのだとファリサイ派の人たちは考えていました。もっとはっきり言えば、そういった行いによって、天国への切符を手に入れることができると彼らは考えていたのです。そこにイエス様は切り込んでおられます。 誰の心にもそれはあることでしょう。こういう善いことをしたから天国に行ける、ああいう悪い人は地獄に堕ちる。無意識のうちに考えてしまうことはないでしょうか。でも、神さまに対して、そんな駆け引きをしようとする私たちに、イエス様は180度視点を変えるよう促されます。 対照的に描かれていたのはゲネサレトの人たちです。彼らは、イエス様の服のすそに触れるだけでも、と願い求めます。自分自身の言動や力によらず、ただ主の恵みにすがりつこうとしました。その結果、彼らが「いやされた」というのは象徴的なことではないでしょうか。 主の愛のすそにでもいいから触れようとする。信仰の出発点と言えましょう。
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●祈り