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山梨の知人から静岡の富士市に住む私に「富士山はそちらから見ても、やっぱりきれいですか」と手紙が届きました。小粋な表現に感動しました。ひとつの山を、私たちはいつも反対方向から見ています。 イエス様がお語りになること、またイエス様がなさる御業を、人々はそれぞれの方向から見ました。イエス様のお育ちになった郷里の人々は、俺たちはあいつの家族だって知っている、どこにでもいる一人の男だ、という先入観に満たされていました。そのために、イエス様の御言葉、みわざを素直に受け取ることができなくなる。そんな姿が今日の個所に描かれていました。 同じ出来事を見ながら、「ふーん」と冷めた目で通り過ぎる人もいれば、「おやっ」と立ち止まり、それを心に留める人もいます。私たちの住むこの世界は、神さまのみ国であって、至る所に神さまの足跡があります。今日この日だって、神さまの御業に満ち溢れていることでしょう。 幼な子のような感動をもって、そのひとつひとつを見届ける信仰を与えられたいものです。
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●祈り