麦ュ(ムギュ)と抱きしめてください

 「火を見たら火事と思え、人を見たら泥棒と思え」という言葉があります。子どもの頃からそう教えられた方もいらっしゃるでしょう。それは確かに我が身を守るために必要な教えであると思います。でも見方を変えると、それは信頼を胸に生きるということを見失わせる面もあるようです。

 毒麦のたとえは、世の中には悪い人もいっぱいいるから気を付けなさいよ、という教えにも聞こえます。でも、注意して読むと、自分や隣りにいる人が麦なのか、毒麦なのか、私たち自身が判断することではないことが明らかにされています。それは、「世の終わりに」、「天使たちに」よってなされることです。私たちはそこに至る過程の中で、「両方とも育つままにしておきなさい」という憐れみの中に置かれている者に過ぎません。

 私たちはきっと目にも留まらぬ小さな麦なのでしょう。でもそんな私たちが掛け替えのない者として育てられています。時に光となり、時に泉となり、時に風となって種を育ててくださるお方を仰いで生きることが、私たちを豊かな実りへと導く、たった一つの道と信じます。


祈り