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私は整理整頓が大の苦手。 神学校の時は自分のロッカーをあけるたびに本とか書類がなだれ落ちて来る、という始末でした。 いいわけではないですが、人間、生きて生活していると当然いつのまにか乱れ、よごれてくるものですよね! 今日の個所で、追い出された汚れた霊がその人の所に戻って来たのは「空き家」だったからだと書いてあります。 これはその人の中に聖霊が住んでおられなかったということです。 皆さんの中にはこう思う方があるかもしれません。 「私の中にも聖霊がいないのではないか、なぜなら私は非常に罪深い、汚れた生活をしているから」。 しかし聖霊がおられるかどうかは、汚れた生活とは関係ありません。 44節の空き家は、聖霊がいないのにきれいに整えられていたのです。 むしろ自分は汚れている、と感じることこそ霊が住んでおられる証拠なのです。 人間、生きていると罪も犯し、汚れもします。 自然に散らかっていく部屋のように。 その時は再びイエス様の十字架を見上げて、救いを感謝すれば良いのです。 そこに悪霊は決して入り込めません。
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●祈り