愛する

 ファリサイ派の人たちのように、律法を守り、規則を守って生活をすることは大変だと思います。 真摯にそのような生き方ができるファリサイ派の人に批判ばかりをするのではなく、一目置く必要はあると思います。 しかし、規則を守って生活をすることが本当に大変なのかといえば、それ以上に大変な生き方があると思います。 それは愛しつづける生き方です。 憐れみの心を持った生き方です。 愛することにマニュアルはありませんから、時に迷い、時に悩み、時に痛み、時に苦しみます。 自分が犠牲になることもありますし、人の罪をかぶらなければいけないこともあります。

 本当に偉大なものは愛と憐れみです。 愛の欠けた律法は本来の意味を失います。 律法の主は、愛である神です。 安息日は神を崇め、自分のために働いてくれる人に休んでもらう日です。 安息日に行うことは、神を愛し、隣人を愛することです。 悩みながら、迷いながら、律法に導かれ隣人を愛する働きを進めましょう。 なによりも、自分がその愛で神さまからも隣人からも愛を受けていることを覚えましょう。


祈り