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「お前は不幸だ」という言葉はギリシア語では、審判の言葉ではなく、嘆きの言葉です。 愛の神さまは嘆きます。 一体何を嘆いているのでしょう。 交通事故にあって、奇跡的に軽いけがですんだ人がいます。 その人が、自分は神さまに守られており、どんなことがあっても死ぬ気がしないと考え始めたら、その人は再び交通事故にあうかもしれません。 神さまがもう一度生きるチャンスを与えてくれたことに感謝し、自分の今までの運転を振り返り、悔い改めることができれば、その人が交通事故にあう危険は少なくなっていくでしょう。 罪の赦しや癒しを、幸運と捕らえてしまえば、人は悔い改めることをしません。 今まで通り危険な道を歩き続けるでしょう。 そんな歩み方をしている人に対して、神さまは嘆くのです。 どうして再び危険な道を歩むのかと。 赦しと恵みが与えられたときに、人がまずするべきことは今までの歩みを悔い改めることです。
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●祈り