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日課の最後にファリサイ派の人が、《あの男は悪霊の頭(かしら)の力で、悪霊を追い出している》 」と語っています。 そんなことを言う前に、盲人が癒されたことを喜べなかったのでしょうか。 目が見えないことの大変さ、口のきけないことの苦しさを知るものならば、そのようなことは言わなかったでしょう。 もちろん、ファリサイ派の人たちがその苦しさをまったく理解できなかったわけではありません。 他人の苦しさに気づく心がなかったのです。 それよりも、自分の立場を脅かす存在に心を奪われていたのです。 言い換えると、自分にばかりとらわれていたのです。 ファリサイ派の人たちの心をいつも支配していたのは、不安でしょう。 不安が他者への攻撃的な態度を作ります。 ファリサイ派の人たちは、力のない手で自分を守らなければならない、そんな悲壮感を抱えて生きていたのでしょう。 心の中にいつも不安がつきまとっていたのでしょう。 そんな自分を変える不思議な一言、これが2人の盲人が叫んだ言葉「主よ、憐れんでください」です。 自分の弱さを認め、自分よりも力のあるものに助けを求めることができれば、新しい生き方が示されます。 神の力と、神の愛を信じる時、光が与えられます。
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●祈り