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弟子の中には、あの漁師であるペトロやアンデレがいました。しかもこの湖は恐らく彼らがこれまで何十年も漁をしてきたガリラヤの湖でした。ですからこの譬え話は人生という尺度で考えてみても、信仰生活という尺度で考えても興味深い個所だと思います。 ガリラヤの湖はふだんは非常に穏やかな湖ですけれど、海抜との関係で突然、非常に強い風が吹き降ろすことがあるといいます。ペトロやアンデレは何十年も湖で生活してきて、これまでも何度もそのような突然の強風を経験していたことでしょう。彼らは自分たちがどんな嵐でも上手に乗り越えられると思い込んでいました。けれども、いざ実際激しい嵐が吹いた時、彼らは恐れおののきました。人生にも、信仰生活にも、「もう大丈夫」と思っていたものが、突然崩れ落ちることがあります。その時、私たちも彼らと同じように右往左往することでしょう。 しかし、その時に、イエスさまは《起き上がって》風と湖を叱り静めてくださいます。私たちの求めに《起き上がって》、からだを張って守ってくださるのです。
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●祈り