救いの歴史をつづる喜び

 マタイは、メシアの血筋を誇るために、冒頭に系図を掲げたのでしょうか。3節の「タマル」(創世記38章)は、子が生まれないままに夫が次々と死んでしまい、夫の父であるユダに対して娼婦を演じて子どもをもうけました。5節の「ラハブ」(ヨシュア記2章)は、カナンの遊女です。「ルツ」は、モアブの女です。6節「ウリヤの妻」バト・シェバは、ダビデ王が姦淫の罪を犯した相手です。このように、この系図を見てみると、これは罪の記録のようなものです。救い主の系図の中に、人間の罪が描かれていると言ってもいいのです。

 神の御子は、私たちの罪の歴史に名前を連ねてくださり、その罪を担い、罪の鎖を断ち切ってくださいました。私たちは、もはや罪の系図の中に身を置く必要はないのです。

 私たちの主イエス・キリストが、ご自身の救いの御業のために、私たちを用いてくださることを喜びとし、希望を持って、命あふれる救いの歴史をつづっていきましょう。 


祈り