望郷の念

 旧約聖書の世界は、あまりにも人間的すぎて、思わず「これが聖書?」と問わずにおれなくなることがあります。詩編137では、特に9節は理解しがたい個所です。ユダ王国の都エルサレムを征服し神殿を破壊しつくし、王や重臣を捕虜にして異郷の国へ引き立てたバビロンに対する報復の念の異常さを感じます。昨年9月の同時多発テロに対する徹底的な報復戦争や、パレスチナ自治区における、イスラエルの徹底的報復攻撃を思い起こしてしまいます。

 この詩編作者は、エルサレムから遠く離れた異郷の地バビロンの川の岸辺で、故郷を思い、帰郷の日を待ち望んでいます。捕囚という悲しみのどん底で、エルサレムを慕い「もし故郷を忘れるようなことがあるなら、肉体的能力のみか、精神的機能がうしなわれることもかまわない」とさえ告白しています。この思いこそが、どんな迫害の中にあっても神さまを信じ、イスラエル共同体を喪失しないユダヤ人の強靭さになっていたことが、歴史によって証明されています。キリスト者である私たちの故郷は、天の御国にほかなりません。


祈り