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西洋史では「もしクレオパトラの鼻が低かったら世界の歴史は変わっていたであろう」などと言います。もしそうなら、おもしろい仮説を立てることができるでしょう。 もし、イエス様が復活されなかったとしたら、どうでしょうか。イースターがなければ、キリスト教はなく、聖書や教会もなく、当然『聖書日課』もなく、私たちが出会うこともなかったでしょう。また、イースター後のペンテコステ(聖霊降臨日)がなければ、これも歴史が変わっていたことでしょう。クリスマス・イースター・ペンテコステの三大祝日は、キリスト教において必要不可欠な歴史的事実でありました。神さまの備えられた時が満ちて、ユダヤの国においてわずか33年ほどの間に起きたできごとでした。 主イエス様は、弟子たちにご自分の十字架の死と復活を前もって予告されました。また、弟子たちのもとを去ることになるが、決して《あなたがたをみなしごにはしておかない》と約束されました。これは、どんなことがあっても弟子たちを見捨てないというイエス様の約束です。人間関係における親子や夫婦関係の絆のもろさ、弱さを思うと、イエス様のこの約束がいかに不変のものであり不滅のものであるかを感じます。これこそがイエス様の愛であり、この愛の絆に結ばれるなら、父なる神さまともつながることになります。 ご自分が天の父の所に帰られる日を前にして、《弁護者》《真理の霊》を遣わすとも約束されました。「弁護者」はパラクレートスというギリシア語の訳語で、本来法廷で証言するために招き入れられた人のことです。聖霊は「弁護者」であり、「真理の霊」であり、「導き主」「潔め主」でもあられます。 この聖霊の導きによって、弟子たちは真に「イエス様は死から復活された救い主キリストである」と信じ、人々に証しできるように変えられました。聖霊の働きによって、初めてキリストの教会は教会として、この世に立つことが可能になりました。 今日のキーワードは「愛」です。どんなことがあっても見捨てない、と約束されたイエス様の愛に生きたいものです。
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●祈り