その子どもたちも信者

 初代キリスト教会では、長老・監督・執事などが教会の指導者として立てられました。テトス書1章5〜9節には、「長老」たる者の資格が列記されています。長老には、御言葉の宣教に仕える者と、牧会指導の任にあたる者の二通りのタイプがありましたが、これらが後に「牧師」となっていきます。

 「その子どもたちも信者」であることが問われています。現代風にいえば、信仰の継承者を育てる、ということになります。教会の始まりの時から、これは大きな課題だったのです。「親の背中を見て子は育つ」と言いますが、親が子どもに残せる最大の遺産は信仰であると言えます。キリスト者の画家である林竹治郎の描いた「朝の祈り」には、「子らに残すことばは一つ、わが家は朝な夕なに祈りする家」と書かれています。この親の祈りから、キリスト者医師となり、生涯をハンセン病患者に尽くした、林文雄が成長したのでした。

 「三つ子の魂百まで」と言われる通り、親や教師の祈りがいかに必要かがわかります。乳幼児期にはさらに必要です。


祈り