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キリストは《心を騒がせるな。 神を信じなさい。 そして、わたしをも信じなさい。 わたしの父の家には住む所がたくさんある。 もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行く》と約束されました。 キリストが「住む所」と言われた「住む所」はどのような所なのでしょうか。 この「住む所」、17世紀の旧い英語の聖書ではマンションと訳されていますと話したら、「天国はミツバチの巣箱みたいなんですね」と冗談交じりに切り返され、苦笑したことがあります。 多分、マンションの語から日本のそこそこの高層集合住宅を連想したのでしょう。 英語の国イギリスで(当たり前ですが)、その聖書が出版された当時、マンションは広大な敷地に建つ、貴族階級の、庭園や自家用菜園、小礼拝堂や使用人の住宅まで付属する大邸宅・館のことであって、近代になってそのような階級の人々が住む都会の高層集合住宅をも指すようになったそうです。 貧富の差の大きい時代の人びとに、「わたしの父の家にマンション(館)がたくさんある」はどう響いたでしょうか。 性急に「それじゃ、天国は自分たち、貧しい者には手の届かないものだ」、或いは「天国は、そこに入っても、そこは安楽に暮らす場所ではなく、この地上で働く者は天国でも働かなければいけない場所なのか」と考えた人も一部いたかもしれませんが、キリストは、神を信じ、自分を信じる者に、自分に都合のよい、そして実在しないユートピアを約束し、それを望み見て、苦しくても、辛くても我慢して生きよと惑わす怪しげな教祖や指導者ではありません。 神を信じ、自分を信じるすべての人に「あなたが神と共に住む所、あなたの場所が用意されている」と約束したキリストは、この約束で「時には、激しく移り変わる周囲に神経質になったり、未来に不安を抱くかもしれないが、たとえそうであっても、神の大きさに身を委ねて希望をもって生きるように」と私たちを励ましています。 |
●祈り