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今日の日課の前半を読むと当時の教会に、多数の奴隷身分の信徒と奴隷を所有する信徒がいたことが分かります。そして奴隷制度に肯定的なので意外な気がします。 映画にもなりましたが、この約百年前、自由を求めて、剣を手に立ち上がり、制圧され、捕らえられた全員が十字架で処刑された「スパルタカスの反乱」がありました。神の前ですべての人は平等という信仰的平等と社会的平等の間には大きなズレがあります。すべての人に基本的人権が認められ、実現するのは20世紀に入ってからです。もし当時の教会が性急にこの2つの平等の一致を求めて、立ち上がるなら、異教徒の奴隷所有主は第2の「スパルタカスの反乱」と訴え出て、教会の根絶やしを謀ることは火を見るより明らかです。 聖書は、先ず、奴隷であろうとその主人であろうと、そのようなこの世の枠を超えて、神がその人を愛し、み前での平等を実現されたことに目を向けさせ、次いで剣ではなく、自分が愛されたように隣人を愛することを武器に真の平等のために立ち上がることを求めているのです。 |
●祈り