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私の生まれ育った田舎では神社のお祭りの前に、その神事に直接参加するものは一定期間、5種類の穀物(大麦、小麦、米、小豆、胡麻)を食べないで身を清める「五穀断ち」という風習がありました。すなわちこれらの穀物を食べないことによって欲望を制して、心身ともに神によって清められるという風習です。 初代教会の中にも食べ物を断ったり、結婚を禁じたりすることが信仰的にすばらしいことであると考えていた人たちがいました。私はお酒を飲みませんが、そのお酒を飲まないことで他のクリスチャンから「高力さんは敬虔な信仰をお持ちです」と言われるとあたかも自分自身がより敬虔なクリスチャンになった気がします。しかし、何かを飲まないから、あるものを禁じているから敬虔なクリスチャンであるといった考えは偽善であると聖書は記しています。私たちをきよめ救われるのは唯一十字架の主であることをつねに覚えつつ、何かを断つことによってきよめられるという考え方はまやかしであることを今日の聖書日課を通して確認してまいりましょう。 |
●祈り