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1999年の5月頃、いつもは教会に所属している信徒以外からはほとんど電話がかかってこない教会に、よく問い合わせの電話がかかってきました。その内容はノストラダムスの予言が果たして本当なのかどうかという問い合わせです。ある方は「不安なので祈ってください」と教会までお出でになったくらいです。とかく人は不安をあおるうわさに流されやすいものです。 今日の聖書日課は、教会自体が作り話に惑わされていたことを記しています。聖書の表面上の字面を人間の浅い知恵で解釈し、クリスチャンどうしが不安をあおり合っていたのです。 聖書が目指すものは《清い心と正しい良心と純真な信仰とから生じる愛》です。人を恐れさせたり、不安に陥れることは聖書の語るところではありません。この世をキリストの愛による平安で満たすことがクリスチャンの使命です。私たちは真の愛の源であるキリストを信じるがゆえに、不安にさいなまれる人たちに対してキリストの愛を通して平安を与える歩みでありたいと願うものです。 |
●祈り