行き届かないこと多くても

 人の上に立ち、人を導き、人に教え、人を育てる。教師、施設長、親、牧師……エトセトラ。どれも大変なことです。そして、誠実にその務めをまっとうしようと思えばこそ、「はたしてわたしのような者がこういう立場に立っていていいのだろうか」という思いを抱くことになることでしょう。

 ところがこういった務めにつき、悩むときに、思いもかけぬ光が与えられることがあります。それは、育てているはずの相手から自分が育てられていることを知るときです。生徒によって教師が教えられ、子どもによって親が育てられ、支えられる。そのとき、今までの悩みや行き詰まりが嘘のように消えていく。そういう経験をお持ちの方は少なくないはずです。

 パウロは指導者として信徒の行く先を案じていました。しかし、信徒たちが立派に自立し、愛あふれる信仰生活を送っていることを知らされると、深く励まされ、感謝の思いで胸がいっぱいになります。これによって、彼はさらなる祈りへと導かれていったようです。そして何よりも、人の手の届かぬところで主がお支えくださっている、それを彼は確信することができたのです。


祈り