降臨後主日


美味(おい)しいなあ!イエス様の血

 今年最後の聖日。今年も私たち違った場所で、同じ神さまを礼拝できたことを感謝します。

 止揚学園という、知的障害者のためのキリスト教の施設の一人のこどもが、聖餐にあずかりながらこう叫んだそうです。「美味しいなあ、イエス様の体と血!」

 イエス様が水から造ったぶどう酒は、よほどおいしかったと見えて、世話役が花婿に「あなたは良いぶどう酒を今まで取っておかれました。」と、称賛の声を上げています。当の花婿はさぞかしキョトンとしたことでしょう。「自分は何もしていないのに、いやむしろ、ぶどう酒を切らす、という重大なミスを犯しているのに、なぜほめられるのだろう?」水をぶどう酒に変えたのはイエス様ですから花婿の受けたこの称賛は本来イエス様が受けるべきものですが、それを花婿は拝借してしまったのです。彼はただありがたいという以外なかったことでしょう。

 この花婿とは私たちのことです。神さまは私たちに言われます。「あなたの正しさは光り輝いている。あなたはわが冠、わたしはあなたを喜ぶ」(イザヤ62章1〜5節)。しかしそれを聞いて私たちはキョトンとします。「わたしは正しくなんかないのに、いやむしろ、重大なミスばかり犯しているのに、なぜ神さまはわたしを正しいと言って下さるのだろう?」

 そうです。神さまのこの称賛は本来イエス様が受けるべきものでした。私たちは間違いなくミスだらけ、罪だらけの存在です。しかしイエス様がそれらのミスも罪も全部引き受けて、十字架にかかってくださいました。それを信じるだけで私たちはイエス様の正しさを拝借してしまい、神さまの称賛をいただく者となったのです。ただありがたいという以外ありません。

 イエス様が下さった、美味しい、最高級のぶどう酒、それは十字架で流された血です。このぶどう酒にあずかるのが教会の聖餐式です。あなたはどんな気持ちで聖餐にあずかっていますか。心の中で「美味しいなあ!ありがたいなあ!」と叫んでいますか?それとも形式的になっていますか。来年はもっと味わって、もっとありがたく聖餐にあずかりましょう。まだ聖餐にあずかっていない方は、ぜひ来年は洗礼を受けて、この美味しい、ありがたいぶどう酒を味わってください。


祈り