困難の先

 教会の中で大きな行事を企画し準備する。企画を思いついたときには、心が踊り、やる気がみなぎっている。しかし、実際に準備を進めてみると、たくさんの大変なことがあり、苦労と心配が尽きない。もうこの奉仕から離れたいと思う。まさかこんなに大変だとは思っていなかった。自分1人ぐらい奉仕を離れても、その企画は進んでいくでしょう。しかし、もし自分がこの奉仕から離れれば、苦労したあかつきにこの企画を成し遂げた喜びを、共に分かち合うことはできないでしょう。途中が苦しいからと、その道から離れてしまえば、最後の喜びも共になくなるのです。

 信仰の道も同じです。道の先には喜びが約束されています。しかし、道の途中が険しければ、私たちはその道から外れたくなります。モーセに率いられ、奴隷として過ごしたエジプトを脱出し、神さまが約束された土地に入るまで、イスラエルの民は長い旅をしました。希望に満ちてエジプトを出発したものの、その途中の苦労に神さまに不平を言い始めたのです。イエス様に従う私たちは、最後に約束されている喜びを信じ、ときに険しい信仰の道を共に乗り越えましょう。


祈り