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ヨブの物語も、本当に最後の最後にきました。そもそも人間の苦悩や悲しみというのは、それが意味不明で、唐突で、避けられないから、苦悩であり、悲しみであると言えます。納得できる苦悩や悲しみは、すでに苦悩でも悲しみでもありません。 だからそのような苦悩や悲しみの意味を私たちは求めます。ヨブもそうでした。ヨブの戦いは、まさに私たちの戦いでもあると言えましょう。そして、たしかに私たちが望むようには、その答えは与えられませんでした。神さまは、むしろヨブが無知であること、空虚であること、罪人であること、人間は自分自身について立つべき足場などいっさいないことを教えただけでした。 しかしそれを知った時、ヨブは沈黙しました。子どもが親から赦されて、あまりの嬉しさに言葉を失うように、神さまの愛の深さにヨブは沈黙します。この沈黙は絶望の沈黙ではありません。いわば希望の沈黙です。いっさいが神さまのみ手にあり、たしかに自分が神さまのみ手にあるということを知る者だけが経験する、希望の沈黙です。この沈黙に今日も生きたいのです。 |
●祈り