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エリフはヨブが「わたしは正しい。だが神はこの主張を退けられる」(5節)と神さまを批判する言葉に対して、「正義を憎む者が統治できようか。正しく、また、力強いお方を あなたは罪に定めるのか」(17節)とヨブを責め、彼が苦しみのあまり不信仰になっていることを指摘しています。 人間はたしかに、あまりにも苦しい出来事や、あまりにも悲しい出来事、そしてあまりにも理不尽な出来事に出会う時、信仰がぐらつきます。神も仏もあったものかと思います。そこで祈ることを止めてしまっては、それは不信仰でしょう。しかし注意をしたいのは、ヨブは決して信仰を捨ててはいないということです。ヨブは、まだ祈りにおいて神さまに問いかけをしている。「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください」というイエスさまの祈りが重なります。 「私は正しい。だが神はこの主張を退けられる」、一見不信仰に見える、しかし納得いくまで、神さまのみ旨を求める、この祈りが赦されている。ここに福音の恵みがあるのです。 |
●祈り