聖霊降臨後最終主日


主の来臨を待ち望む

 主イエスは、この世の終わりに再び来られます。そのときのための備えはできていますか?私たちの生活の中で、主の来臨は、切実な現実問題となって意識されているでしょうか。

 この、テサロニケの信徒への手紙では、主イエスが突然に来られるということと、それを待ち望むキリスト者たちはいかに生きるべきか、ということが語られています。もし、「明日、主の来臨があるとしたら、あなたは何をしますか?」という質問をされたとしたら、私たちはどう答えるでしょう。あれをしてこれをして、あの人に急いで伝道してと、大変なことになってしまいそうです。しかしこの手紙の中では、私たちは、今やキリストの光の中に移された者たちなのだから、いたずらにおののいてはならないと語られています。いつがそのときなのかは、主のみが御存知です。今日でも明日でも、いつでもそのときが迎えられるよう、日々主の来臨を意識して生活していきたいと思うのです。主御自身によって、来臨に向けて、具体的に整えていただきたいと思うのです。

 私たちには、ひとりひとり神さまから与えられた使命があります。それは、それぞれ与えられた場において、神さまにご栄光を帰していくことであり、自分自身の信仰の歩みを全うすること、また、他者の救いのために祈り、用いていただくことです。使命に忠実に、主の来臨を待ち望む姿を、ここでは武具を身に付けるという形で表現しています。私たちが、キリストのためにこの世と戦うための武具は、『信仰と愛、救いの希望』だというのです。

 自分の人生を考えるとき、あえて戦いの生涯を選ぶ人はおられないと思います。しかし実は、キリスト者には、この世との戦いが求められています。でも、安心してください。一人で不利な戦いに出ていかされるのではありません。神さま御自身が伴って下さり、戦う防具も備えられているのです。この「信仰、愛、救いの希望」は、日々の生活で忘れてはならないことなのです。

 戦いの終結は、主の来臨です。主は、輝かしい空の雲に乗られて、全世界の人々の前に来臨されます。私たちは,その日を待ち望みつつ歩みましょう。


祈り