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「人が神の前でどうして正しくありえよう。清くありえよう。」というビルダドの弁論はもっともな内容でした。ただ彼は、神のきよさを強調する反面、人間(ヨブ)を正しくないもの、汚れたものとして突き離してしまったのです。 このときのヨブにとって、友人たちが正論を持ってヨブを教え、立たせようとしたことは、何の助けにもなりませんでした。ヨブもビルダドたちの正論は承知していました。しかしヨブが友人たちと異なっていたのは、彼の思いが、「そのような存在である人は、神をどのように賛美しても賛美し尽くせるものではない、私は、この全能なる神を誉め称える。」という方向に向いていた事です。神との関わりを保ち続けていたのです。 自分の内にどのように正しくない、汚れたものを見ようとも、もうだめだと神と自分とを分離させてしまう必要はありません。全能なる神は、このような私を救いに導き、変えて下さる力に満ちたお方なのです。 |
●祈り