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ここでヨブが語っているようなことを、私たちも、ときどき考えます。 「そうは言っても、神さまに逆らっている人が、けっこう幸せに生きているじゃないか」「一生安泰に暮らす者がいるかと思えば、ずっと不幸せのまま終わる人もいる。不公平だ」と。 しかし、あの貧しいラザロと金持ちの話を思い起こします。(ルカ16章19以下) 今すぐではなくても、神さまは、いずれ公平に、私たちを裁かれます。そのときは、金持ちと貧乏との差とか、強い人と弱い人との区別とかはありません。ただ、信じる者と、信じない者の区別が、良い麦と毒麦、羊と山羊というように分けられるのです。 たしかに、富も健康も幸せも持っている人が、「なんで、神さまなんかに頼らなければならないのか」という声を、聞くことがあります。(14〜15節)彼らは、今、喜んでいるからです。 けれども、神さまを信じきれない人は、ほんとうの喜びや、人生の充実感、未来のある希望を知らないまま、終わることになりはしないでしょうか。 |
●祈り