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第一線で働いていたときには、敵も味方も含めて、多くの友人、知人、仕事仲間がいた。それが、定年などで仕事を離れたとたんに知人も仲間も減ってしまった。そんな話はよく聞きます。 まして、その人が廃人同様になってしまったとき、どれだけの人が同情を寄せてくれるかと思うと、人の世の無常といったようなものを感じてしまいます。 ヨブは、友人知人はおろか、兄弟、親族、家族にさえ、見捨てられました。 この世の中では、正しい学説や、すぐれた芸術が、かならずしもその時代に、すぐに受け入れられるとは限りません。このときのヨブの心など、分かってもらえるはずもなく、彼はせめて、このことを書き残して、いつか、誰かに、分かってもらいたいと思うほどだったようです。 けれどもヨブは、そこに望みを託したのではありません。重要なのは、《わたしを贖う方》が《生きておられ》ること、そして、すべてを知っていてくださることです。 私たちが、託すべきすべての望みも、ただ、ここにだけあります。 |
●祈り