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この詩を読むと、深い暗い穴の底にうずくまって、動きの取れない絶望感が伝わってきます。 ヨブの、というよりも、どこにでもいる1人の人間の姿とも思えます。 時には、そこに自分自身の経験、自分自身の姿が、重なって見えるかもしれません。 そんな時、人は、「でも、そのうちに何とかなるだろう」とか、「いつまでも明けない夜はないよ」とか言って、慰めたり励ましたりするのですが、絶望というのは、そんな望みさえ持てない状態なのです。《人生は過ぎ去り、計画も願いも失われた。どこに希望があるのか》 友だちも、家族さえも、諌めたり、責め立てたりするだけで、味方にはなってくれません。 しかし、忘れてはいけません。神さまがおられるかぎり、絶望とか、孤立とかいうことはありません。《ほかの誰が、わたしの味方をしてくれましょう》 ほかの誰でもなく、神さまと共におり、神さまが共にいてくださるなら、そこに希望が見え、回復する力も与えられます。 |
●祈り