不可解な神の沈黙

 ヨブの苦悩の叫びが続きます。ヨブが聞きたいのは神の答えであり、友人たちの説得の言葉は必要ない、むしろ黙っていてほしいとヨブは何度も訴えます。(5節、13節)

 ところが、神さまは即座に答えてくださらないのです。私が最初に出会った人生の不可解「なぜ?」は、山口県宇部県立桃山中学3年生の時でした。同級生の友人の父親がある日、交通事故で亡くなられたのです。葬儀に行った私の耳に届いた、友人の母親の悲痛な「なぜ?」という叫びを忘れることができません。悲しみのただなかにいる時にはその意味が納得できるような受けとめ方はできないものです。

 ヨブは神さまに2つの願いをしています(21節)。神さまの裁きの手をヨブから遠ざけること、また全能の御手をもってヨブを恐怖に陥れないようにすることでした。24節の「なぜ、あなたは御顔を隠されるのですか?」は、沈黙して答えたまわない神さまへの、究極的問いかけの言葉です。神さまが明確に答えてくださったのは、救い主イエス様のご生涯による答えでした。


祈り