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12〜14章は、第3の友人ツォファルの詰問に対するヨブの答えであり、どうしても解けぬ人生の不可解さに対するヨブの問いでもあります。 5節の「人の不幸を笑い、よろめく足をあざけってよい」は、当時の諺のようなもので「泣きっ面に蜂」というような意味あいです。「良い行為は良い結果をもたらし、悪い行為は悪い結果をもたらす、という因果応報の思想で人生は解けないではないか」と、ヨブは訴えているのです。 私の神学生時代に、「悪いやつほどよよく眠る」という映画が上映されたことがあります。善人が苦しみ、悪人が栄えるのでは、世の中は矛盾しているのではないか、という問いがあります。いつの時代の人々も勧善懲悪(かんぜんちょうあく)をもとめます。お茶の間テレビ「水戸黄門」では、最後に「葵の御紋」に象徴される善玉が、悪玉を滅ぼしてハッピーエンドで終わります。しかし、そう割り切れない人生の不条理、解けない謎があるのです。ヨブの問いが最終的に答えられるのは、救い主イエス様の再臨による救いの完成の時だといえます。 |
●祈り