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「その人の足の痛みは、その人の靴をはいて半月のあいだ歩いてみなければ分からない」北米先住民のことばだそうです。 親友エリファズのヨブに対する同情には偽りはありません。彼は、なぜヨブが苦難に襲われたか、その理由を彼なりの理論ですが、善意をもって説き、それを聞き入れるように説得しました。 でも、彼はヨブの深いところの苦しみが分かりません。当然ヨブには何の慰めにもなりません。 ヨブは受け入れません。彼はついに自分にこのような苦しみを許す神に向かって激しい怒りを「全能者の矢に射抜かれ、わたしの霊はその毒を吸う。神はわたしに対して脅迫の陣を敷かれた」と爆発させ、この「神よ、どうかわたしを打ち砕き、御手を下し、滅ぼしてください」と死によって苦しみから救われることを願います。 イエスは飼う者のいない羊のような群衆を見て深く憐れみ(内臓が痛み)ました。慰めの言葉が真の慰めの言葉となるのは、相手の苦痛、苦悩に対する通り一遍の共感、共鳴を超えたときです。 |
●祈り