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ヨブを慰めるために訪れた3人の友人は、苦しみ呻くその変わり果てた姿に声もなく、死者を悼む喪の期間にあたる7日7晩を共に座って過ごしました(2章の末尾)。新約聖書で同情は「痛みを共にする」という語の訳です。3人の友人は、通り一遍の慰めの言葉がヨブの痛み、苦しみに何の役にも立たないことを知って、無言でヨブの痛み、苦しみを共にしたのです。 その心遣いにヨブは心を開いたのか、堰を切ったように、人は何故生まれなければならないのか、何故生きなければならないのかと叫び始めました。誰が、ヨブの叫びに答えることができるでしょうか。 このヨブの叫びに、神の他、どれほど明快に宇宙の真理を語る哲学者であっても、深遠な神秘の世界を語る宗教家であっても即答できないのです。 もし即座に「それは私です」と名乗り出る人がいたら、その人を疑問視すべきです。 |
●祈り