ほんの戯れから

 旧約の文書の多くは、その背景がいつの時代かが分かる記述で始まっていますが、ヨブ記は「ウツの地にヨブという人がいた。無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きていた。」と先ずヨブの信仰を強く訴え、そして「彼は東の国一番の富豪であった」と人物紹介だけで始まっています。

 日本の民話なら、「いつの時代かはよくは分からないが遠い遠いウツの国の、ヨブというそりゃ、もう立派で、非の打ち所のない、その国一番の長者様がおいでになったわな」というところです。そして、その長者が不幸な目に遭うのではなく、第2の不幸な登場人物が長者を頼って、彼に救われ、幸福になるのが民話では普通です。

 ところがヨブ記は民話のように進まず、すべてに恵まれ幸せなヨブは、サタンの戯れで大きな不幸に次々と襲われ、ついに「東の国一番の富豪」から、無一物の境遇にたたき落とされ、これがあの富豪のヨブかという姿を人びとの前にさらします。

 でも彼はすべてを失っても、なお「神を非難することなく、罪を犯さなかった。」


祈り