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私は農家の長男として生まれましたが、小さい頃最も楽しいときは稲刈りの季節でした。現在のように稲刈り機が普及していない時代は鎌を持って稲を手で刈っていました。最も人手がいる作業なので、親戚はもちろん近所の人や友人にお願いし、総出で稲の収穫をしたものです。私自身も収穫に参加し、自分で収穫した新米を秋に食べることは本当に大きな喜びでした。 本日の聖書日課には《収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい》と記されています。イエス様とともに福音宣教のみわざに預かること。神の同労者として働くことはクリスチャンの原点であり、信仰生活の大きな喜びです。特に《働き手が少ない》とイエス様は私たちにお語りになりました。どうかイエス様の呼びかけに応え、収穫のために働く者とさせていただきましょう。主の収穫のために働く喜びは何ものにも変えがたいものです。 |
●祈り