悪の中身を考える

 ある宗教を熱心に信じる友人は、ある日私を「一緒に食事に行こう」と騙して、一軒家に監禁してまる一日中その宗教に入信するようにと声を荒げて迫ったことがあります。私は「人をだますことや宗教を強要することは人としてやってはならない」と抗議しました。彼は反論して「たとえ騙しても脅してもその人を自分たちの宗教に入信させることが最大の正義である」このように自信を持って語ったとき、悪を正当化することの怖さをつくづく思い知ったことがあります。

 今日の聖書日課には《わたしたちは、あなたがたがどんな悪も行わないようにと、神に祈っています》(7節)と記されています。聖書はどのような悪も決して行ってはならないと語るのです。私たちも時として自分の行う悪を悟ることが出来ず、悪を正当化し、自分自身を高めるための悪を平気で行うことがあります。「小さな悪いことを打ち消すだけの大きな良い行いをしている」と自分を誇ることがあります。しかし、どのような悪も決し神を喜ばせるものでありません。どうか私たちクリスチャンはつねに神の正義とは何かを吟味する人生を送りたいものです。


祈り