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信仰者の集まる教会においても罪のゆえに多くの問題があることを聖書は指摘しています。 今日の聖書日課にもパウロは《争い、ねたみ、怒り、党派心、そしり、陰口、高慢、騒動などがあるのではないだろうか》(20節)とコリント教会の状況を憂いています。パウロはコリント教会のこのような問題を厳しく指摘しています。しかし、彼はコリント教会の問題を指摘するだけではなく、自らこの教会の問題と取り組み、痛みを負い、教会の破れ口に立とうとしたのです。 私たちも教会で信仰生活を歩んでいますと少なからずコリント教会で起きたような問題にぶつかることがあります。「これでも信仰者の集まりか」と嘆きたくなることがあります。しかし、教会で起こる問題に嘆き、その問題点を指摘するなら誰にでも出来ます。キリストが私たちの罪を救うために十字架の痛みを負われたように。また、パウロがコリント教会の破れ口に立って痛みを負うたように、教会で起こる問題の中に自らも立ち、痛みを持ちつつ愛と正義の柱を打ち立てることこそクリスチャンの役割ではないでしょうか。 |
●祈り