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数年前にビートたけし主演の「教祖誕生」という映画がありました。この映画はある宗教の教祖を通して一儲けをたくらむ人たちと、その教祖を通して救いを求めようとする人たちとの人間模様を描いた作品です。ところがこの映画と同様な出来事が一世紀当時のコリント教会にもおこり、自己利益の追求のためにキリストの教えを利用しようとしていた人たちがいました。4節には《わたしたちが宣べ伝えたのとは異なったイエスを宣べ伝えても》と書き記されています。私は恥ずかしながら私たちの罪を赦すために十字架で苦しまれたイエス様ではなく異なったイエス様を夢見ることがあります。私のために札束をふるまってくださるイエス様を夢見ることがあります。 しかし、この世的な利益を得ることがかえって本当の救いを失うことがあることを今日の聖書日課は語っています。異なったイエス様を自分で作り出し、自分の欲求を満たすことによって救われたと思い違いをすることがあります。本当のイエス様はこの世で得をする喜びではなく、損をしても人を愛する喜びをもたらすのです。 |
●祈り