間に立てる、この人を見よ

 パウロは、その一貫した姿勢のゆえに、尊敬もされ、非難もされていたようです。パウロの書き送った手紙の一つ一つを見ていると、喜怒哀楽を非常にストレートに伝えるところがあるようです。反感を買うこともしばしばだったのではないかと想像されます。

 けれども、だれかの意見や態度を非難するあまり、その人自身を否定するようなことは、何としても避けたいことです。《理屈》や《高慢》や《思惑》に埋もれて、その人自身が見えなくなってしまう。それこそが、いちばん大きな《要塞》となって、人間関係に壁を作ってしまうのかもしれません。自分自身を中傷する人たちを思い、その論敵に向かうとき、パウロは、この壁の大きさを感じていたことでしょう。

 パウロは、それを撃ち破る力は《神に由来する》ものであり、人を《造り上げる》主の権威にあることだと確信していました。人と人とを隔てる壁が大きければ大きいほど、神の愛に帰らねばならないことを思い出すことを、パウロ自身も心に留めていたことを教えられます。


祈り