聖霊降臨後第20主日


神の憐れみ、底知れず

 家来たちと借金の決済をしようとした王様のたとえ話が与えられました。

 一人の家来は王様に、1万タラントンの借金をしていました。当時、ローマ帝国にユダヤが納めていた税金が800タラントンであったと言われます。一国の総納税額が800タラントンというときに、この家来はたった一人でその十数倍ものお金を借りていたということになります。今の私たちに換算するとどれほどになるのか定かではありませんが、途方もない金額のはずです。この話を聞いていた弟子たちは、何と馬鹿げた話かと思いながら聞いていたことでしょう。

 しかし、その後さらに驚くべき話が続きます。どうか待ってください、必ず返します、と嘆願するこの家来を見て、王様は憐れに思い、彼を赦し、借金を全部帳消しにしてしまいます。

 借金の大きさも非現実的ですが、それ以上に、これを全部帳消しにしてしまうという、こちらの話の方がもっと信じがたいことではないでしょうか。

 しかし、考えてみると、なぜ、この王様はこれほどのお金をこの家来に渡したのでしょうか。普通、私たちがお金の貸し借りをするときには、返せるかどうかを多少なりとも考えるはずです。このたとえ話にあるような金額は、世界の長者番付に載るような人でも返せないような金額です。そのことを百も承知の上で、王様はこのお金を家来に託しました。

 実は、いちばんの驚きはそこにあるのかも知れません。

 このことは、王なる神さまが、私たちに対してどのような思いを抱いておられるかということを表しているように思います。すなわち、神さまにとって私たちの存在は、1万タラントン、いや、そんな数字では言い尽くせないような、無限にその愛を注ぐべき相手であるということ。

 今日の話は、裏を返せば、そこに大きなメッセージが込められていたように思えます。

 ペトロが、何回まで赦すべきか、と尋ねたことに触れて、イエス様は、「あなたがたはどれほど豊かに神さまの赦しにあずかっているのか。どこまでも限りない憐れみの中に、あなたがたは置かれているではないか。出発点はそこにあるのだよ」と教えてくださったと思うのです。


祈り